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国際金融のトリレンマとは(経済)

国際金融のトリレンマ」とは、国際金融政策において、次の3つの政策のうち、2つしか実現することができないことを指す。国際金融のトリレンマ - Wikipedia

・「固定相場制(安定した為替相場)」、「独立した金融政策」、「自由な資本移動」

3つが成り立たないのは、簡単に言えば、以下のとおり、③の下では、①と②は相反するため。

 ①「固定相場制」=他国通貨と自国通貨を等価とすること

 ②「独立した金融政策」=自国通貨の価値を変えること

 ③「自由な資本移動」=他国通貨と自国通貨を自由に交換できること

まず、「固定相場制」は他国通貨と自国通貨を等価(例えば、1ドル=360円)とすることであり、価値を等しくする必要があるために「独立した金融政策」(=自国通貨の価値を変えること)は困難で、固定相場を維持するための金融政策をとることになる(例えば、自国通貨を印刷してばら撒く(買いオペレーション、これによりインフレになる)、もしくは金利を引き下げる(これにより景気過熱)は、自国通貨の潜在価値は低くなる)。これは、自国の景気によらず他国の金融政策に翻弄されることとなる。ただし、そもそも自由な資本移動がない、すなわち等価交換が自由にされないなら問題ないことになる。

世界経済がグローバル化するにつれて「自由な資本移動」が一般的になる中、このトリレンマに従い、(世界各国は自国の独立した金融政策をとって、)「変動相場制を選択」、もしくは、ユーロのように共通通貨として「自国の金融政策を放棄」していくこととなる。

 

  日   本  

  欧   州  

(ユーロ内)

中   国

①固定相場制    

×

(管理フロート制)

②独立した金融政策

×

③自由な資本移動 

×

 

以下、歴史的に見てみる。 

第二次世界大戦後(1945年)~1960年代

 世界各国は為替の安定を図るため「固定相場制」を採用。その対象となったドルは「金本位制」(金とドルを等価とすること(アメリカは世界一の金を保有、1米国ドル=35オンス))を採用(ブレトンウッズ体制)。一方で「自由な資本移動は制限」されていた。

ニクソンショック(1971年)から変動相場制(1973年)へ

米国は戦争(朝鮮戦争ベトナム戦争)や経常赤字(日本経済好調、米国輸入増)でドルを印刷してばら撒いた結果、ドルの価値が低下し、金本位制を取りやめ、円とドルの関係も(1ドル360円→308円)に変更(ニクソンショック)。一方で1967年~1973年にかけて日本の資本自由化は進んだ。トリレンマの法則から、結局、変動相場制へ移行した。(円の価値が高まった結果、固定相場制を維持するためには、日本通貨の価値引き下げのために通貨を大量に刷る必要があった(為替介入、インフレ懸念の発生)ことや、固定相場制で円安が維持されるため、米国の輸入が増えるなどの弊害がでてきた) 

●ポンド危機(1992年)(トリレンマに反していたケース)

欧州は米国に対抗するため、共通通貨(ユーロ、2002年)の導入を検討。準備段階として、欧州通貨制度(マルクとの固定相場制、1990年英国加盟)を英国も加盟。自由な資本移動と独立した金融政策を維持していたため、トリレンマの法則に反した。英国は自国の景気が悪く(輸出減少でポンド安傾向)、ジョージソロスにポンドを売り浴びせられ、(3兆円もの外貨を使って)政府はポンドを買い支えたものの、結局、英国は欧州通貨制度を脱退(ジョージソロスは約1200億円の利益獲得)。この経験により英国は(独立した金融政策を行えない)ユーロには参加していない。

● アジア通貨危機(1997年)(トリレンマに反していたケース)

アジア各国はドルの固定相場制を採用(トリレンマに反する)。米国のプラザ合意(1985年)によるドル安政策から1995年のドル高政策の影響で、アジア各国は自国通貨高となり輸出が減少。ヘッジファンドに通貨を売り浴びせられ、固定相場制を維持できなくなった(タイ、インドネシア、韓国はIMF管理下に、香港は金利を300%に引き上げるなどして対抗(世界同時株安になったが、固定相場制は維持)、日本でも大手銀行・証券会社が破綻)。

(参考)ロシア危機(1998年)

 1992年に資本主義として誕生したロシアだが、租税システムが機能せず(国民の意識もなし)政府はお金が足りなくなるとルーブルを刷って対応したことや、企業の独占状態だったことから、100%以上のインフレ率となった。1995年にIMFの指示により、国債発行で対応・対ドルとの固定相場制に変更した結果、インフレは抑えられた。ただし、国債金利は高く、特にアジア通貨危機後の石油価格の下落(税収減)に伴い、金利は急上昇し(1998年7月金利80%)、IMFが一度は救済した後、8月にデフォルト。IMFが救済する(特に核保有国はデフォルトさせない)と信じ大量に債券を購入していたヘッジファンドは大損(特にLTCM)し、世界恐慌までなりかけた。(このケースはトリレンマに反してはいたが、その点を利用した(アジア通貨危機のようにルーブルを売り浴びせた)訳ではなく、変動相場制には移行していない。なお、一度ハイパーインフレを経験していたためルーブルを刷って返済することはできなかったのだろう。アジア通貨危機で大儲けしたヘッジファンドはロシアの未成熟な資本主義を利用しようとして逆に翻弄されたと言える。)

なお、現在でも固定相場制に近い国はあるが(シンガポール、香港、ロシアなど)、資本移動に制限があることや金利政策をとれないなどとなっているものと推測。